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大掃除の歴史

大掃除の歴史

 

年末の大仕事と言えば、家族総出での大掃除です。これも最近では、“特にやらない”なんてご家庭も増えているようではあります。年末の大掃除も、これはこれで家族のコミュニティの場として、有効な、そして楽しい時間でもあったようですが、それも今日的ではないようです。

 

現代の大掃除は、それをやるご家庭では、年末と決まってはおられないでしょうか。男手であるお父さんのお休みが28日・29日ごろであるとすれば、当然、ご家庭の大掃除は年末となります。しかし、その歴史を紐解く時、これも少々、今とは異なっているようです。

 

例えば、江戸時代がそうです。今の時代よりも、ずいぶん早くそれが行われていました。というのも、江戸城の大掃除、つまり“すす払いの日”が12月13日と決まっておりましたので、庶民もそれに習って多くの民家が、12月13日をすす払いの日、つまり大掃除の日としていたようです。今の時代よりも、半月以上も早く行われていたのでした。

 

しかし、これは少し疑問です。なぜなら、大掃除というものが新しい年を迎えるためのものであるとしたら、できれば今の時代のように、その直前にやるのがベストなのではないでしょうか。それを半月以上も前に済ましてしまったら、いざ新年を迎える時になって、また新しいホコリなどが溜まってしまいます。これは、どう考えても不合理なのでは。

 

要するに、この時代の大掃除、“すす払いの日”は、今日、ぼくらの言う大掃除とは、違った意味合いをもっていたものなのでした。ただ単に普段しないような場所までキレイにして、心清らかに新年を迎えようというものではなかったのです。その目的は、主に信仰的なもの、つまり神事であったということです。

 

“物忌み”、すなわち、神事などのため飲食や言行などを慎み、心身の汚れを除くことで、これが始まるのが12月13日であったわけで、この時代のすす払い、すなわち大掃除はそのための準備として行ったものなのでした。

掃除そのものが元々神事なら、年の暮れに行う大掃除まで、その大元をたどれば神事であったとは驚きをかくせません。ぼくたち日本人は、もともとは信仰心の篤い民族なのかもしれませんね。なにせ、ぼくたちの住むこの日本には、ハ百万(ヤオヨロズ)の神様たちがお住まいになっておられ、それこそ山にも川にも池にも、田んぼにだって、何らかの神様がおられるのですから。

 

日本人の多くは農村の出身であったことから、四季折々の自然の風景の中に神の存在を見て育ってきました。ぼくたち日本人にとって、自然の風景には、それぞれに様々な神様が宿っておられるのです。毎年、春になると桜の花が咲いて、ぼくたちを豊な心にしてくれます。でも、実は豊かにしてもらえるのは、心だけではなかったのです。つまり、日本人の胃袋をも満たしてくれていました。

 

“田んぼの神様”がそれです。「さくら」の「さ」は神、「くら」は、神が依りつくところ。すなわち、桜の開花は農作業と切り離せない関係にあり、その年の農業を占ってきたのです。すなわち、桜の花が早く咲くと、その年は豊作。その逆は凶作といった具合です。ぼくたち日本人は、そこに神の存在を見てきたのです。神とともに生きてきたぼくたち日本人。掃除の歴史、それは神と日本人との深い関わりの歴史でもありました。